TOKIWAMATSU CLUB
常磐の松のごとく、
常磐の松のごとく、
緑の絆を未来へ。
HISTORY
歴史と歩み
大正から令和へ紡がれる、陸上競技部とOBOG会「常磐松クラブ」の伝統の歩み。
明治42年 (1909年)
常磐松クラブ
卒業生ネットワークの起源
会員名簿に記載されている最も古い卒業生は故・橋口兼清氏であり、陸上競技部が正式発足する大正期以前から、卒業生の間でネットワークが育まれていたと推測されます。
大正8年 (1919年)
陸上競技部
陸上競技部の誕生
明治38年(1905年)より毎年開催されていた学内運動会を前身とし、陸上競技を愛する有志が集って正式に陸上競技部が誕生しました。
大正10年 (1921年)
陸上競技部
箱根駅伝への初参戦
第2回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)へ初出場を果たし、伝統の「大根踊り(青山ほとり)」による応援に支えられながら、古豪としての歴史を刻み始めました。
昭和10年 (1935年)
常磐松クラブ
「常磐松クラブ」の正式登録
東京陸上競技連盟が創設(4月15日)。連盟への加入に際し、OB会の北沢清・青木金治の両氏が「東京農業大学陸上競技部OB会」を「東京農業大学常磐松クラブ」を正式名として登録しました。
昭和20年 (1945年)
常磐松クラブ
空襲による校舎焼失と記録の喪失
5月24日夜半の空襲により、渋谷常磐にあった本校校舎が全焼。陸上競技部に関する貴重な公式記録や書類のすべてが失われてしまいました。
1970〜1980年代
陸上競技部
インカレと箱根路での躍進
箱根駅伝にて総合2位(往路優勝)を飾るなど、日本選手権やインカレでも数々の栄光を収め、陸上界を代表する多くの実力派選手を世に送り出しました。
平成18年 (2006年)〜
常磐松クラブ
執念の歴史調査と編纂
失われた歴史の事実を集めるため、矢部誠吉(昭和37年卒)と鈴木良三(昭和39年卒)の両氏を中心に、諸先輩や関係機関への地道な調査を開始。多くの証言と資料が集められ、2009年12月1日に歴史として記録・確定されました。
2024年 (令和6年)
陸上競技部
第100回記念大会での本戦復活
第100回箱根駅伝の予選会を勝ち抜き、10年ぶり(10大会ぶり)となる本戦への切符を獲得。新世代の現役部員たちが、伝統の襷を胸に再び箱根路を激走しました。